バリ島の休日

今日から三連休です。皆様はどう過ごされますでしょうか?

トロピカルな南国のバリ島に暮らす人たちなら、毎日休日のような感じもしますが、そんな事はありません。バリの人たちだって仕事や学校や日々の暮らしがあります。

店主後藤は前のブログで書いたわけですが、ガルンガンというバリ島の祝日にバリ島滞在をしました。
といいましても、ガルンガンを体験した事はもう何度目でしょうか?

ガルンガンになると、日本で言うところのお正月やお盆のような状態になります。
多くのバリ人は休暇になり、実家に帰省して、ガルンガンのご馳走、豚料理やお菓子を用意して、門松にあたるペンジョールを家の前に立てて、魂が帰ってくる先祖の目印にします。大人は子供にお年玉に当たるような小遣いを与え、バリの人たちは民族衣装を着て、まるで初詣みたいに、氏寺へ参拝に行きます。

さて、こんなガルンガン中の日曜日ともなると、バリの人たちも家族でどこかへ遊びに行ったりする事もあります。家族でなくても、友達どうしだったり、恋人どうしがデートしたりと、大勢のバリ人が移動します。

そんなガルンガン中の日曜日、たまたま店主後藤夫婦は、ウブドを移動してサヌールに滞在していました。
後藤が滞在していた所は目の前が海というロケーションだったのですが、周囲にそれ程なにも無い所です。ところが、日曜日になってみると、その静かな海が一変しました。
多くのバリ人たちが、海水浴に押し寄せてきたのです。

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この写真は殆ど全て、バリ人です。

さて、宿の前も賑やかになってきて、じっとしていられなくなった店主後藤夫婦は、外に出てみました。
昨日までは無かったのに、海岸に沢山の屋台が出ています。
それを物色しながら、夫婦で散歩しました。
サテ(焼き鳥)、ジャグン(焼とうもろこし)、バッソ(肉団子スープ)、肉まん!!!
ちょっとづつ買い食いしながら、海のお散歩はとっても楽しいです。
日本だったら、こんなに買い食いしていたら、すぐに何千円か使ってしまいますが、ローカル向けの屋台なので、少々食べてもトータルで何百円なのが嬉しいです…

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写真は鶏肉煎りの肉まん にんじんの方が沢山入っていましたが味はGOOD!

私たち夫婦が楽しそうに買い食いしていると、宿のスタッフたちも、ニヤニヤして見ています。
そうだな~もしも、私の近所に外国人が旅行に来て、日本の縁日でアレコレ買い食いして楽しんでいたら、きっと私も嬉しい気分になると思う。
でも、本当に楽しかったのです。それに海辺での買い食いは本当に美味しく感じます。

お祭り気分で宿に滞在していると、部屋の前の建物の屋根に、走っていく姿を発見!
リスです。この辺には、ささやかな鎮守の森があるので、リスさんも過ごしやすいのかもしれません。

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なんて、買い食いや、リスに感動したバリ島滞在なんて、何年ぶりでしょうか?
私は、毎年何回も、バリ島に来ながら、あんまりこのような事に、ここまでワクワクしていないのです。

さて、最後のディナーはサヌールのシンドゥー市場という所へ行って、またまた食べたいものをアレコレ食べてしまいました。

サヌールの目抜き通りには、ベモという乗り合いバンが沢山通っていてとても便利です。
市場までは、このベモで往復しました。道中、大抵、ベモの運転手とお話をしながら乗ってます。
本当は、もっとサヌールの滞在は楽しいことがいろいろあったのですが、またの機会にブログに書きたいと思います。

本当に楽しい旅になった事に感謝していますし、バリの人たちが楽しそうに休日を過ごしている姿を見て、その場にいるだけで、こっちも喜びを分けてもらったような気分になりました。

是非皆様も機会がありましたら、日曜日のローカルビーチへでかけてみては如何でしょう?
後藤は、高級ホテルのプライベートビーチよりも、こういう所の方がずっとリラックスできるのです。

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マスターカードのCMのように

昨年、私は2年ぶりに夫と一緒にバリ島へ行きました。
バリが好きな夫は、長い間連続休暇を取るチャンスを狙っていて、なかなか叶わず、やっと一緒に行く事が出来たわけですが、多分、バリが好きな人なら理解出来ると思うのですが、長い間、「バリ島に行きたい病」だったみたいです。
自宅では、夫は仕事から帰ると、よく録画して集めているインドネシアの番組を見たりしていました。

そんな時に、例のマスターカードのCMを見ていて、すごく行きたい気分になったようです。あのCMは、バリが好きな人の壷にはまってしまいそうですよね。
きっと、ここを覗いて下さっている私の知人なのですが、彼女もそのCMを見て、バリに行きたいと泣いてしまったと言っていました。

http://www.mastercard.com/jp/about/cm/

さて、私たち夫婦は、やっと夫の休暇が取れて、それから急いでチケットの手配をして出発準備をバタバタとして、バリ島の空港へ到着すると、そのままウブドへ直行しました。
ガルンガンの夜の事です。
乗り込んだ空港タクシーの運転手さんに 「ガルンガン中なのに、こんな夜中にごめんね」と謝りながらウブドへ向いました。
ウブドでは、寝ていたロスメンの家族を大声で叩き起こして部屋に入れてもらいました。

ホテル滞在では、あまりガルンガンなどの休暇の影響は無いかもしれませんが、余程前から、今度のガルンガンに泊まるなどと、ロスメンに伝えておかないと、何かと不自由だったり、不便な事もあります。私たちは、直前に宿に連絡をしたので、仕方がありません。
まず、宿のスタッフは、休暇を取って田舎へ帰っていたので、お部屋の準備がちゃんと出来ていませんでしたし、お湯が出ないお水が出ないというような事も、島中休暇なので、修理にも来てもらえないわけです。
また、私の仕入れに関してはもう、市場や職人さんは休んでいますので、滞在中訪ねて行っても、ああ、イブなら実家に帰ってるとか、今お寺に行ってるとか、そんな調子なのでなかなか仕事になりません。
まあいいか! バリ島のめでたい祝日なのだから!
そういう気分に乗り換えて、バリ島を楽しむ事にしました。

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ウブドの町は、あちこちでバロンの一連帯が行進していました。
日本の獅子舞と同じです。町を歩き回って、お賽銭を集めています。
お賽銭を渡すと、その場で演奏をしてくれるのです。私も2回くらいは、お賽銭を渡しました。
こういう観光旅行者的な楽しみも、この時期ならではです。

バリ島に到着して、やりたい事や食べたいものが沢山あった私の夫は、あれもこれも希望してドタバタして疲れていたようでした。けれども、バリ島滞在の時間は限られているので、部屋でヘタれていた夫にムチを打って、私たち夫婦は、午後三時も過ぎた頃に、宿のお父さんから単車を借りて、ウブドの北部をツーリングしました。
にわかマスターカードCMの真似事です。(笑)

王宮から北部に伸びる、スゥエタ通りを北上して、タマンに出て再び、ラヤ・ウブド通りに戻るという、道がわからなくても、それなりに田園地帯の夕暮れを楽しめるコースです。
宿のお父さんが貸してくれたのは、スープラです。夫はスープラ初挑戦。クラッチの段階がよくわからなくて、随分高回転で運転してしまったりしていたけれど、次第に慣れて来ました。

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まずは、スゥエタに出る前に、デルタデワタの北に出来た新しいガソリンスタンドで、ガソリンを補給して、ラヤ・ウブド通りに戻り、ハヌマンのところから一方通行なので、左折してハヌマンからデヴィ・シタ通りにでて、突き当たりからモンキーフォーレスト通りに出て、そこから一揆に北上です。

ちなみに、単車(スープラ)は、宿のお父さんが太っ腹で、無料で貸してくれました。ヘルメットはありません。(違法なので真似しないで下さい。ガルンガンなどの祝日はノーヘルでも田舎はあまり厳しくないそうです。)

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道を北上していくと、こじんまりした集落が両側にあり、ガルンガンならではの、ペンジョールという竹飾が通りの両側に飾られています。
ワカ・デ・ウマあたりに出ると、左手、西の方に、田んぼが見えてきて、田んぼの向こう側は、川の対岸があり、川の対岸も田園が広がっていて、とても良い景色です。
田んぼのアヒルたちも、そろそろ家に帰ろうかな~としている時刻ですし、集落の人々もガルンガンの夕方に、家の外に出てのんびりおしゃべりをしたりして過ごしている様子が伺えます。

時々、単車を止めて写真撮影をしたりしながら、マスターカードの時間を過ごしましたが、宿に到着するまで1時間とちょっとくらいでした。ガソリンを満タンにして、あまり使っていなかったので、逆に宿のお父さんからお礼まで言われました。本当に良い宿です…。
一応これで、夫のマスターカード症候群は治まったかもしれないし、滅多に夫婦二人でバリ島に来る事も出来ないので、私にとっても良い思い出になりました。
こういう事は、強引にでもやっておく方が良いのです。まさに、マスターカードのCMのキャッチフレーズのようにお金で買えない価値があるのです。
ただ、私たちは結婚25年も経ていないので、宿はロスメン、食事はワルン。VILLAのアップグレードやお揃いのバティックのシャツを買ったりという事は…。。。。

ウブドでは本当に短い時間でしたが、宿のお父さんも親切だし、お母さんも、夫が好きなお料理を作ってくれたりと、良い感じですごしました。
それから、夫と一緒にいつもお世話になっている運転手さんの家を訪ねて行き、家畜のブタさん(沢山の子豚がいて可愛いいのです!)と、2台のVESPAを見せてもらいつつ、田舎のバリ島の家族の雰囲気の中でほのぼのとさせてもらいました。

運転手さんには、まだ2歳にならない息子がいるので、なにかソフトなお土産をと思って、スポンジの玉が飛び出すピストルのおもちゃを持って行ったのですが、小学生のお姉ちゃんの方が喜んで遊んでいました。運転手さんは、大のプルメン(キャンディー)好きなので、ゲーセンで遊んで取った飴玉を集めていて、袋一杯プレゼントしましたが、あっという間になくなってしまったみたいです。ガルンガンで人が集まる時期なので、食べ物のお土産などはすぐに無くなってしまうようです。

久しぶりに後藤は、バリ島で旅行を楽しみました。
旅行のお話は次回に続きますね…

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まやかしの バリ時間

バリで過ごす時間は、ゆっくり流れる…

ジャムカレッジ、インドネシアの人たちは、時間を守らない。

優雅な、バリ島の時間の流れをこのように表現する事がよくある。
時間の流れ方が、日本とバリ(インドネシア)では違うという事は、店主後藤にもわかる。

例えば… バリに行った事のある方には、想像してみてもらいたい。

喫茶店で2時間時間を潰してください。と言われたら、日本では結構2時間時間を潰すのは苦しいかもしれない。けれども、バリ島のカフェで2時間の時間を潰す事は苦にならない。環境のせいもあるのだろうけど。

バリで知り合った、付き合いも浅い人たちと、他愛も無い事を語り合うのに何時間時間を使ってもあまり苦にならないかもしれないけれど、日本で同じ事を同じ内容で会話すると、多分、瞬く間に飽きて間が持たなくなるに違いない。それも、環境や人のせいもあるのだろうけれど。

それを、「バリの時間はゆっくり」と表現するけれど、果たして本当にそうでしょうか?
仕事として、限られた期間と時間に、すべき事を達成しなければならない店主には、「バリの時間はゆっくり」という風にはとても思えないのです。

一番わかりやすい表現で例えるなら、浦島太郎です。
亀を助けた浦島太郎は、竜宮城で、ご馳走を食べ、鯛や平目の舞い踊りを見て過ごしていた。残してきた地上での生活が心配になり、亀に送り届けてもらう。しかし、そこは、自分の知らない環境だった。そこで、乙姫様にもらった玉手箱を開けてみると、浦島太郎は白髪白髭の老人になってしまう。
つまり、鯛や平目の舞い踊りを見ていた時間は、あっという間に感じていたのだけれど、実際は、それ程時間を費やしていたという事。
店主後藤は、バリ島の時間はまさにそれだと思う。

時間の流れがゆっくりに感じていても、実際に費やしている時間は、日本で感じる何倍も費やしているような気がする。つまり、ゆっくりはまやかし。1分は1分だし、1時間は1時間。逆説で言えば、バリで10分と感じていた時間が、実は30分も費やしていた、そういう事が多い。

また、違う表現で言うと、疲れたので喫茶店に入る。バリならこじんまりしたカフェとかワルンかな? 日本なら10分も休憩すれば落ち着く。ところが、バリでは、ほぉ~っとしていると、何時の間にか30分以上経過している。どうかすると1時間が経過していたりする。

バリの時間はゆっくり流れている、それはまやかしで、店主にとっては、バリの時間はメチャメチャ早く流れている。

だから、バリ島で限られた時間内に、目的を達成しようと思ったなら、日本であくせくしているよりも、もっとピッチを上げて動かなければ、それが出来ない。
逆に、同じ事を日本で終らせようとするなら、時間の感覚的にもっと楽なのだ。

日本だったら、1日もかからない事に、1週間もかかるという事については、怠け過ぎと思うけれど、日本で1日かかる事に対しては、せめて倍の2日くらい時間をかけて丁度良いのかもしれない。人に対しても、自分に対しても、それくらいサバを読まなければならない。

なぜなら、バリ(インドネシア)の時間は、日本よりも早く流れているから…

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バリ島と悪霊

神々の棲む島 バリ島

誰でも聞いた事がある、バリ島のキャッチフレーズみたいなものかもしれません。
バリ島を歩けば、あっちにもこっちにも、お供え物が置いてあり、道路に面している大きな樹や祠のような所へ、朝夕供え物を捧げているバリ人を見たことがある人も少なくないと思います。

ガルーダ、ウィシュヌ、シヴァ(シワ)、サラスワティ、デヴィ・スリー(チリ)、バロン…
バリには、色んな神様がいます。

けれども、バリで忘れてならないのは、悪霊の存在です。
日本の神様に対する風習と、バリ島のそれはとても似ている部分があるのですが、唯一違う所は、バリ島では、悪霊にも供え物を捧げるという点です。
それは日々、僅かな供え物を悪霊に与え、悪霊たちの悪意をそらし、クリウォンとカジェンクリウォンの日に、ちょとした丁寧な供え物を悪霊へ与えるのです。
悪霊は、動物に入り込み、ある時は犬や鳥、家畜になって、供え物をむさぼります。
バリ島の正月であるニュピの前日、ニュピにバリ島を浄化する為に、悪霊の集まりやすい十字路などに供え物や生贄を捧げ、バリ島中の悪霊を集めて一斉に浄化してしまうのです。仕上げにオゴオゴという、大きな山笠のような人形が、オリャ!ドケドケ!!と町中を練り歩き、悪霊を追い払い、翌日のニュピを迎えるのです。

バリ島では、浄化(日本だとお払いみたいなものかな?)の儀式の際には、ムチャル(生贄)を用意する事がよくあります。民間人が宇宙旅行をしている現代に、生贄の儀式が行われているという事は、精神的にもショックに感じてしまいますが、生贄の血を大地に注ぐ事で浄化されると信じられています。
タジェン(闘鶏)も、それを行う事で、敗北した鶏の血が大地に流され清められるとされています。
(それとは別に、単に賭博が好きでやってる人たちも沢山いるわけですが)

※けれども、怪我をしている人や生理中の女性の血は、不浄とされていますので、その辺の兼ね合いはどうなっているのかは、後藤はまだよくわかっていません。

バリ島の土地に、神がかった何かを感じてしまうような時もよくあります。何だか心霊現象的な事がいつ起こってもおかしくないような雰囲気を感じてしまう事もあります。
その辺は何とも説明し難いのですが、それはバリの人々の神々に対する信仰だけが生み出した雰囲気ではなくて、悪霊への鎮霊や、今でも続けられているムチャル(生贄)があるからではないかと、後藤は思っています。最後の2つのエッセンスがバリ島に無かったとしたら、随分雰囲気の違う土地に感じると思うからです。

けれども、ムチャルは外国人として、あまり見たくない光景ですね…
そんな事を言っていたら、魚の活造りとか、踊り食いとかも残酷ですけど。

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美術品と模倣品

プトゥ・スティアのバリ案内 プトゥ・スティアのバリ案内

著者:プトゥ スティア
販売元:木犀社
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今日は、お土産品絵画を再びUPしたわけですが、以前当店では、数万円以上の絵画も扱っていました。

高級な美術品を見ていて、後藤は薄々わかっていた事と理解出来ない事がありました。
文頭に紹介している本を読んでいて、ああやっぱり、ああそういう事だったんだと少し理解出来たので、ブログに書いてみる事にしました。

模倣品
私の仕事では、模倣品対策というのは、本当に難しいもので、オリジナル商品を作ろうと思っても、すぐにそのモデルは模倣されて、似たようなものがバリ島では普通に販売されてしまうのです。
それらが売れる売れないは別として、模倣品に対して、バリの人々はどう思っているのか後藤も理解出来ていませんでした。
この本のプトゥスティア氏によると、模倣品というものは、「多くのバリの人々に仕事と糧を与える」 どちらかというと、盗作とか模倣とか、そういう事に対する悪意というものは、バリの人々には無いわけです。

氏の物語を簡単に要訳すると、貧しくて学校の石版を買う事が出来なかったという理由で小学校を2年生で退学した男の子は、貴族の下男として働くも、屈辱的な日々に耐えられず家に逃げ帰り、また食うや食わずの生活に戻る。でも、彼は、人に雇われるという事が嫌で嫌で、ある日大工である父親の道具の中からノミをこっそり借りて、道端に落ちていた木材で、カエルとふくろうの木彫りを彫って、サヌールの土産物屋へ売りに行く。かなり安価ではあったけれど、それが売れ、彼は木彫りに適した中古のノミを買い、それを磨いて磨いて、またカエルとふくろうの木彫りを作って売りに行った。

その彼が作り出したものは、今や当店では普通に販売している果物の木彫りや、動物の木彫りのお土産品の元祖だったのです。それが模倣され模倣され、既にバリ島の産業の1つになっているというわけです。
貧乏で、日々食べることもままならなかった少年が、バリ島の多くの人々に職と糧を与え、彼自身は、当時大統領だったスハルト夫人にも作品を認められるまでになったのです。
彼は、自分の作品が模倣される事に対して、むしろ誇りにさえ思っているようです。
しかし、自分の作品と、市場で大量に販売されている模倣品は同じではないというプライドを持っているわけです。

バリのコピー商品や、デザインのパクリには、バリの人たちのこういう心が根底にあるわけですね。

美術品
バリ島には、沢山の絵画が販売されていますが、絵を買う時に、一番大切な事は、その絵が本当に気に入ったかどうかだと後藤は思っています。
値段なども納得した価格で購入する事も注意の1つですが、この2つだけ注意すれば特に問題は無いと思います。
ただし、誰それ画家の絵画 が欲しいという、絵そのものよりも、画家の画風やブランドを気にして購入する場合は、それなりの知識も必用だし、購入先も考えなければなりません。
単に、名前だけで買ってしまうと、失敗してしまう事もあるでしょうし、間違ってしまう事もあるでしょう。残るのは、美術品としての評価ではなく、ブランド名だけです。

プトゥ スティア氏の本によると、芸術家といえども、家族を養わなければならず、売る為の絵と、芸術の向上の為の絵と両方を手がけなければならない、とあります。
それは、後藤も薄々わかっていて、ちゃんとした画家さん(無名であっても)のちゃんとした絵は1枚仕上げるのに、1ヶ月以上かかったりするわけです。それも、本人が精魂込めて描こうと思ったら、半年や1年はかかってしまうわけです。
いくら、有名な先生の描いた作品といえども、画家にとって自分の芸術の為に描いた作品を外国人のお小遣い程度の価格で販売できるわけがありません。
そんな事をしていたら、バリ島の美術も衰退しますし、絵の為に飢え死にする画家さんも出てくるかもしれません。(笑)

だから、後藤が言いたい事は、普通に外国人が購入できるバリ絵画というものは、たとえ誰それ先生の作品であっても、先生が食べる為に描いた作品の域であるという事を理解しておいた方が良いと思います。その上で、画風が好きだからとか、自分なりの理由があれば、購入されても良いのではないかと後藤は思います。

勿論、食べる為に描いた絵だとしても、すばらしい作品も沢山あります。
ただ、理解して購入されるのと、全く理解されずにブランドで買ってしまうのでは違うと思うのですね。

また、その画家さんについては、本当によく理解しておかなければならない事は、画家さんのアトリエまで買いに行って、画家さんのサインまで入っているのに、実は、その絵を画家さんが描いていないという事もあります。
お弟子さんや、家族が描いた絵に、先生が商売の為(高く売るために)にサインをしてしまう、そういう事もあるのです。
いえ、サインの内容をよく解読してみると、先生がサインをしていても、先生じゃない方の名前を先生が入れている、そういう事もあるのです。

当店で以前扱っていたカマサン画などは、コミック漫画調の絵で、作者の特徴が顕著なので、模倣などは簡単にわかってしまいますが、細密画や抽象画になると、あくまでもブランドで購入する場合は目利きが難しいと思います。

美術品の追求なんて、後藤には出来ませんし、そういう研究を今後もやって行きたいとも思っていません。
ただ、目の前にある絵画や彫り物やお土産品がすばらしいか、そうでないか、結局それに尽きると思います。

究極ににすばらしいものは、美術館でお目にかかりましょう。

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田んぼの はなし

前回、田んぼの話を少ししたので、今回は田んぼについて 書きたいと思います。

田んぼ、ライステラス、パディ、田んぼが見えるホテル~ などと
そういう宿や風景を バリ島らしいとか、ウブドらしいとかって 好まれて泊まられる方もいらっしゃると思います。

勿論、後藤も 田んぼが好きです。
でも、実際去年まで、後藤は、夫の実家の田んぼに出て、毎年のように、田植えや稲刈りを手伝っていました。
だから、田んぼ と言っても、実際に田で作業をしている者が思う 田んぼ と 観光としてご覧になる 田んぼって ちょっと視点が違うと思うのです。

どんな稲が植えてあるのかな?とか、水はどこから来ているのかな? とか
そんな事を考える旅行者もあまりいないかもしれませんが、お百姓をしている人なら、多分まず、考えると思います。

水はどこから来ているのでしょう?
勿論、川や水路からです。でも、水の流れは、高い所から、低い所に流れる順序になっていますから、どこからでも、水を引っ張ってくるというわけには行きません。

今の日本の田んぼの場合は、川から水路へ水を引く為に、川の水をポンプで汲み上げたりもしています。ですが、バリ島では、そんなことをしている田んぼは、ほとんど無いのではないかと思います。

水の道、それは水路です。
水路は、スバックという水利組合で管理され、どの田んぼにも水が行きわたるように、事前に相談して決めて管理しているわけです。

テガラランのライステラスをご覧になった事のある方は、あの水がどこからやって来るのか考えた事があるでしょうか?
後藤は正確に詳しくは伝えられないのですが、小高い丘や山の水源に、人間が入れるくらいの穴を掘って、それで水路を作っているそうです。その水路を伝って、隣の山まで行く事も出来るような穴だそうです。それはもう、大昔から作られて、今に伝えられている、とっても優れた水路なのだそうです。

田んぼに引く水というものは、今日から、ここに田んぼを作るから、どこかから水を持ってこよう、というようなわけには行かないのです。

また、水の流れを遮ってしまうと、下の田んぼには、水が流れません。
下の田んぼに水が流れなければ、更にまた 下の田んぼには 水が行き届きません。
その原理は皆様にも、理解可能だと思います。

今、ウブドで問題になっている事は、その水の流れです。
田んぼを売り、売られた田んぼは、VILLAになる。VILLAになった土地には、今まで流れていた水を入れる事が出来ないから、その下の田んぼは、水路を迂回して作らなければなりません。
それが、問題無く、簡単な事なら良いのですが、その1件のVILLAが建ったばかりに、下の方の田んぼにまで、少なからず影響してしまうのです。

あっちにも、こっちにもVILLAが建ち、水路は、あっちにこっちに迂回して、
今は、田んぼに水を引くのが大変になった と、ウブドのお百姓さんは言います。
今、現地で問題になっていることの1つです。

田んぼは、景観が美しいだけでなく、その土地の地盤を守る役目も実は果たしています。
特に、ライステラスというあの段々畑で、稲作を止めたら、急傾な所では多分、雨季に山崩れを起します。

VILLAはどんどん建設されていますが、果たしてそこに人が住んでいるかというと、外国人の趣味で作られたようなVILLAで、人が泊まっていない期間の方が長いようなところも沢山あります。そういうのを見ると、何とも、バリの土地がかわいそうに思えてなりません。

VILLAも老朽化して、土地も土地主に返すとなった時に、もう一度田んぼに戻そうと思っても、田んぼを作るという事は、家を建てるよりも難しいと思います。
日本だと、今から何も無い土地に田んぼを作ろうとすると、2年くらいはかかると言われました。

稲作を守るという事は、バリ島を守るという事でもないのだろうか?と、後藤は思います。

美しいVILLAの写真が、高級リゾート雑誌にどんどん掲載され、どこもここも競争のように、こぞってVILLAを建てたりしていますが、本当にそれでいいのかと後藤は思っています。

別荘をバリ島に持つ事は決して悪い事だとは思いませんが、だったら何も、湿度が高く、地盤がゆるい田んぼに建てることも無いのではないでしょうかね?
建てる時は、スバック(水利組合)と交渉が大変だとか、ぼったくられるとか、いろいろ聞きますが、そりゃ、簡単じゃないと思うのです。
水の流れが遮断されてしまうのですから。

もしも、後藤のこの文書を読んで、少し共感されるような方がいましたら、もしもバリ島に暮らしたい、VILLAを持ちたいなどと思うのなら、新たな田んぼは出来るだけ開発しないようにお願いしたいと思っています。

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10年前のバリ島

ランダの本を読んでいて、昔のことを思い出すと、
その時期は、あっという間に過ぎ去ってしまったのだけれど、その頃のバリ島がとても懐かしく、今のバリ島にうんざりした気持ちになってしまったりもしたのです。

私がウブドへ行くようになった頃は、各メインストリートがやっと道路舗装されて歩道が出来始めた頃で、それまでは、あの憎たらしい、やたら道路よりも高い歩道が無かったのですね。

まだ、モンキーフォーレストにも、ハヌマン通りにも隙間があって、プンゴセカン通りは、本当にこの10年で埋まってしまって、ハヌマン通りとモンキーフォースレスト通りの合流地点からYの字にプンゴセカン通りになっていますが、入ってすぐのところはまだ、田んぼが見えていますけれど、前はまだ見通しが良く、あんなに商店で埋め尽くされていませんでした。

TVが無かったし、電話が無かったし、ウブド第一号のインターネットカフェは、ビスマ通りの掘建て小屋で、日本語なんて使えませんでした。それでも、あるだけマシでしたね。

どんどんいろんなものが増えていったバリ島。
携帯電話が普及して、インターネットも普及して、その昔は、バリ島へ行くとなると、それなら、どこの誰さんに、手紙を持っていって下さいと伝言されるような時代。
泥棒が怖いからとTVを家に持たない家庭も多かったけど、今や、一家にTVは当たり前。

増えていったものは、建物や近代化だけではなくて、情報も氾濫している。
日本に生活しながら、バリ島の情報は、ニュースだって大きなものは、インドネシアより先に知らされるような時代になって、10年前とは全然違います。

バリ島やインドネシアの人々の暮らしも、どんどん近代化されて行って、経済的には、あの頃よりも今の方が大変そうに見えますが、生活は便利になってきているのではないかと思います。

後藤が今しらけていることの1つは、未知の世界を実体験で思い知るのではなく、ネットで知ったかぶれる時代になったという事と、どんどん増えて行く、おしゃれと言われるホテルたちです。どちらも、まるで、たけのこが生えるように、どんどん絶え間なく増えて行くというような感じがするのです。

色々なものが増えるに連れて、別にコレって、バリじゃなくてもいいじゃんと思えるようなものを 最近私は感じます。そういうものたちが増えて、逆にバリらしい特徴がどんどん少なくなっているような気がします。例えば、爽やかな風の通る、バリ島の田んぼだって同じです。田畑やジャングルはどんどん減って行き、客不足だし、それ以上作らなくったっていいじゃんって思うほど、これでもかって、先進国からやってくる客の気持ちを満たすような施設が増えて行っているわけです。
カマサン絵画のような伝統的な絵はお金にならないから、画家は先進国の人々が買ってくれる絵を描き、伝承者不足で困っているのもそれに近いと思います。

ふと10年前を振り返ってみると、そういう大きな変化がとても寂しく感じます。

バリ島の人たちも、早く気が付いて、ルネッサンスを起こして欲しい。というのは、私のエゴなのかもしれません。

その昔、電球のワット数が小さくて、夜になって明かりをつけても暗かった頃の、あの雰囲気がとても懐かしいです。今はどこも電球が明るいのは当たり前。
パサールマラームで、アセチレンランプに照らされた食べ物や人たちが、とても怪しく感じて、ワクワクしたものです。

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久しぶりに懐かしい気持ちになりました。

魔女ランダの島・バリ―「癒しとトランスを求めて」
板垣真理子 著書

この本を買って読みました。

10年くらい前に出版された本なので、使われている写真も当然10年以上前のバリ島なのですが、写真も内容も懐かしくて、自分が旅行でバリ島へリピートしていた頃を つい思い出してしまいます。

スンバヤン(お祈り)している人のサロンも、当時流行だったイカットです。
私もトパティーなんぞに連れて行かれて、高いサロン用のイカットを買ったものです。(笑)

まだ、今のようにインターネットでバリ島の事を調べる事も困難だった当時、バリ島について少しでも知ろうと思ったら、バリ島に行くしかない。そういう時代だったのです。

知りたい事を追求していく楽しさは、当時ならでは。
今では、もういろんな事が出尽くしてしまって、出ていないものを探さなければならないくらいですが、それでも、まだまだ、今のバリ島も奥深さは変わらないと思います。

魔女ランダについて、いろんな角度から、著者なりに考えたり調べたりしている本ですが、私が ああと思ったのは、鬼子母神とランダの比較についても、少し触れていることです。

私が初めてランダの踊り(観光用)を見たときに、子供を食べているシーンを見て、つい鬼子母神を思い浮かべた事を思い出しました。

私がバリ島へ通い始めた頃、見るもの全てが新鮮で、興味深く、1つ見ては、「なんとかみたいだな~」と思ったはずなのです。
何度もバリ島へ行くようになり、そういう感情も少し薄れ、初めに何を思ったのかも忘れていた私に、当時、ワクワクしながら、バリ島へ行っていた自分を思い出しました。

興味のある方は 是非この本をオススメします。
でも、ランダに興味が無い方には、あんまり面白くない本かもしれませんが、内容はランダだけではなく、芸術やヒーリング、ジゴロにまで及んでいます。

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寛容と許容

インドネシアに留学している日本人の話で、こういう話を聞いたことがあるでしょうか?

コス(アパート)に置いてある自分の私物を、同じコスの人間が勝手に借りて行ったり、持っていったりする。

普通に考えて問題がある事だと思います。
留学生以外ででも、現地に住んでいる人の話を聞くと、例えば近所の子供が勝手に遊びに家に入ってきて、自分の子供のオモチャで遊ぶまでは許せるけど、持って帰ろうとするから油断ならない、とか。

ある家が洗濯機を買うと、親戚や近所の人たちが使いに来るので、水道代や電気代がはねあがり、壊した、壊してないでトラブルになったので、せっかく買った洗濯機を使う事が出来なくなったという話題。

友達の家には、駐車場スペースがあり、そこにいつも、家族の車や単車を駐車するわけですが、その自分の家の自分の駐車場に、駐車出来ない。何故なら、近所の人が勝手に、自分の家の駐車場に車をとめるから。

もしも、こんな事が日本であったら、大問題です。
けれども、バリ島このような事はよくある話のようです。よく聞きますから。
こんな事が日本の自分の生活の範囲で起これば、問題を解決しようとするはずです。
他人の家の駐車場に車を勝手にとめるなんて、日本では裁判だって可能です。

私の知人はいつも、近所の人の駐車のおかげで、帰宅した時に自分の家の車を駐車できず、その車の持ち主のところまで言いに行って、車をどけてもらっていました。
毎日このような面倒な事をしているらしいので、どうして文句を言わないの!と、その知人に聞きました。
その知人は、とめないで下さいね。と何度言っても、無駄だと言いましたし、それを強く言うことも出来ないと言うのです。
日本では考えられない事です。駐車場の主が、今日は夕方何時に帰るので、その時間には車をとめないで下さいなんて、他人にお願いしに行ったりもしているのですから。そして言われた側は、はいはいと返事をしつつも、その時間、またちゃっかり駐車していて、またまた駐車場の主が、車の持ち主のところまで車をどけてもらうように言いに行く、そういう事が延々と続いているのです。

多分、私のダンナだったら、ブチ切れて、車に傷の1つや2つ入れかねません。

何故こんな事が起こるのでしょう?
そして、当事者はどうして、相手に対して怒ったりしないのでしょう?

後藤は、なかなかそういう事が理解出来ませんでしたし、自分がバリ島に住んでいたら、理解出来たとしても、頭に来ると思うのですが、コレも全て ゴトンロヨン(相互扶助)の延長上にあるようです。

自分の私物を勝手に持って行く事に対して、怒りを表してしまうという事は、相手に対して遮断するという意味になるのです。
近所付き合いの濃いバリでは、遮断という事は、トラブルに近づく事になりかねません。
あまりに感情的になって怒って相手に言い示す事については、その気持ちはすごくわかるのですが、それをやってしまって、万が一にも、相手が逆切れした時には、隣りの家に自宅の葉っぱが1枚落ちたとしても、その後は トラブルの種になりかねないのです。
その土地で、穏便に生活していく為には、そのくらいの事に対しては寛容にならないといけないようです。

そして自分が許容できない事に対しては、最初からトラブルにならないように生きて行く必要があるのです。

持っていかれては困る私物は持たないとか、自分の部屋であっても、隠しておくとか、人に見せないようにする。
他人と共有するには問題があるものは、最初から持たないとか。
持って帰られると困るおもちゃは、買わない。自分の目の届かない所で遊ばせないようにしないといけない。
自分の敷地の駐車場をちゃんと確保したければ、ちゃんとしたガレージの門を作っておくとか、自分でトラブルを作らない為の管理が必要になってくるのです。

自宅駐車場の事でいつも振り回されていた知人には、こういう事がありました。
ある時、緊急に出掛けなければならなくなったのですが、車がありません。そこで、今日もまた、車を自宅の駐車場にとめている人の所へ行き、町まで送ってもらえませんか?とお願いすると、さすがに、その人は断る事が出来ず、町まで車で送ってくれたのです。

頭に来ることを、頭ごなしに怒って解決させるのは、この土地、バリ島の解決方法ではないようです。
貸しを作っておいて、いつか返してもらう。
そういうつもりでいたら、頭に来ることも、今は我慢できるかもしれません。

バリごはん―本格的なスパイシー料理 灼熱レシピ30

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空飛ぶジャッフル

この話題はもう時効で、大丈夫だろうと判断してブログにしたいと思います。

店主後藤は、バリ島にも慣れていて、年に何度もバリ島へ行き、滞在に最低限度のインドネシア語くらいはしゃべり、いろいろな値段の相場にも精通しているだろうから、さぞかしバリでは合理的な滞在をしているに違いないと思う皆様も多いかもしれません。

しかし、全然そんな事は無いんですよ。
後藤は、定宿など無いし、事前に宿を予約する事もありません。行き当たりばったりです。
予算の範囲内で、宿に泊まり、その宿が最悪であろうが、何であろうが、余程のことが無い限り、多少ひどくても引っ越しません。
自分が滞在の多少の不快ささえ我慢すれば、引越しの手間が省けるからです。
だから当然、良く無いロスメンに当たった事も多々あります。
そんな酷いロスメンだったら、普通、次回宿泊したりしませんよね。でも後藤は違います。
不快であろうとも、最低限度、後藤が求めている「安全」これさえ保てれば、もう1回、期待して泊まろうという気持ちになります。2回泊まって、宿との親密さが深まらなかったり、3回利用する価値が無いと思ったら、本当にもう泊まりません。結構後藤は寛容だと自分で思っています。

酷いロスメンの話題というものも、笑い話になると皆様の興味の対象になるのではないかと思い、ブログに書いてみる事にしました。

とあるロスメン。ホットシャワー朝食付きで、キッチンと冷蔵庫も仕様可能で、景観抜群。価格は1週間の滞在で1泊当たりRp.100,000。まあ、ちょっと高めのロスメンです。
この価格は1週間の滞在であれば、後藤のMAXの滞在費用なのです。
このロスメンの主な欠点は、いろいろありますが、かなり部屋がボロいんですね。昼寝をするなら、天井から日光の明かりがもれています。大雨が降ったら、ポチョル(雨漏り)することでしょう。部屋は床だけ掃除されている状態で、他は結構埃だらけで、カーテンは裂けています。この宿では、冷蔵庫が使えるという事が最大のメリットですが、冷蔵庫にビンタンを冷やしておいて、ある時台所へ入った時、その瞬間まさに、私のビンタンビールの缶に、宿のお父さんが手をかけてプシュっとしたところに居合わせてしまいました。お父さんが言うには、「もしも、ビールに余りがあるなら、私に下さい。」とのこと。私に下さいって言う前に、既に開けてるやん私のビール。バンガローくらいになったら、こういうのはもう許されないレベルですね。まあいいんだけど…。で、次に酷かったのは朝食。毎朝ジャッフルが出るわけですが、そのジャッフルが酷い。
トマトとバナナが一緒に入ったジャッフル。
中身も確認せずに、一口食べて


「なんじゃこりゃ!!!!!!!!!!!!!」

ペッツペッツペッツ!と、とても喉を通る食べ物ではありません。
食べ残すのも失礼だけど、ゴミ箱に捨てるわけにも行かず、困った私は、ベランダの外に広がる谷底にジャッフルを投げ捨てる。
翌朝、恐る恐るジャッフルを開いてみると、またトマト。そしてジャックフルーツの砂糖漬けが入っているではないですか。今日もダメだと、しかし、イブ(お母ちゃん)が来ました。イブがいなくなってから投げ捨てようと思ったら今度は、私が雇っている運転手さんが来てしまいました。彼は大抵20分くらい前には必ず来るのです。投げ捨てるわけには行かない。絶対絶命。食べられない…。そこで、イブに言う「私はもう出発しないといけないから、朝食、食べられなくてごめんなさい」そう言って、出発前20分だというのに、急いでロスメンをあとにしました。そして仕入れを終えて、昼過ぎにロスメンに戻ると、イブが朝食べ残した恐怖のジャッフルをまた運んできました。このジャッフルはまたまた、イブが立ち去ってから、田に底めがけて投げ捨てました。
翌朝も案の定恐る恐る、ジャッフルを開いてみると、またトマト。そしてパイナップル。我慢すれば食べれなくない組み合わせだけど、もう嫌やって感じです。
そして、その後イブには、私は毎朝忙しいので朝食はいらないと言いました。朝食を取らないと、今度はイブが心配して、食べた方がいいと、私が宿に戻ると、いろいろな食べ物を持ってくるようになりました。まあ午後の食べ物はさすがにジャッフルではなく、普通のバリのご飯なのでありがたいのだけど、いらないって言ってる朝食は毎朝相変らず、食べられない組み合わせのものが入っているジャッフル。宿の家族の目を盗んでは谷底へ投げ捨てていました。

結局、それ以外にも、いろいろとトンチンカンな事が多く、ビンタン事件と同等に頭にきてしまう事もあったので、その宿に3度泊まる事はありませんでした。

完璧な宿など私は求めていないのです。ただ、普通に泊まれて、安全であれば、それで良いわけです。多少汚くても、どこか壊れていても、ちょっとくらい不親切でもいいのです。こんな寛容な後藤が二度と泊まる事が無い宿…。後藤でさえ泊まらないだろう宿というものもあります。

次はどんな宿に当たって、どんな事が起こるのか? 小奇麗なお部屋を楽しみする旅行者の方々は多いかもしれませんが、私は、良いも悪いもサプライズを楽しんでいます。

車椅子の目線で―京都・バリ島、暮らしの旅

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白タクドライバーさん観察記

ある時私が宿泊した宿の近くには、バリ舞踊の会場がありました。
私は、滞在中、毎日夕方宿に戻ると、道端に面している宿が経営しているワルン(食堂)でビールを飲みながら、ワルンのお婆ちゃんに、今日の出来事や日本の話をしたり、バリの話を聞いたりして過ごしていました。

まだ日が落ちる前から、ワルンの前の道端では、いろいろな出来事が起こっていました。
まずは、バリ舞踊の切符売りが出てきて、一生懸命、道行く人々に声をかけています。
これから出てくる白タクの運転手さんもそうですが、彼らの仕事を最初から最後まで観察していたら、きっと皆さん、バリ島、特にウブドを歩く時にかけられる客引きに対する気持ちも少し変わるかもしれません。

切符売りのお兄ちゃんは、あ~今日も売れなかったと言いながらワルンに入ってきたので、後藤は「一杯飲むか?おごるよ」と声をかける。健康志向の彼は、飲酒があまり好きでは無いので、断りました。お婆ちゃんに仕事の愚痴を言って憂さを晴らす、切符売りのお兄ちゃん。残念でした。

次にもう夜の9時前くらいになった頃に現れたのは、バリ舞踊を見終わったお客さんの客引きをする白タクのドライバーさんです。
それまではあまり気にしていなかったけれど、そういえば、ワルンの前で客引きしているお父ちゃんは、この近辺で客引きしてる人だなと思い出しました。

ぞろぞろと、舞踊会場から出て来て、目抜き通りまで徒歩で移動している外国人全てに声をかけています。

「タクシーどうですか?」 「トランスポー」 「トランスポー」……

彼は15分ほどは、私の前で通る外国人に声をかけていました。
その様子を見ていると、「タクシーどうですか?」 の声に対して 無言、表情が「ウザいわね~」と眉間にシワを寄せて、私の前を通り過ぎていく日本人客、全く相手にしない欧米人家族などなど…。 
時間の経過とともに、そうやってまるで邪気にされているような、このドライバーさんが可愛そうになってきました。
私も見ながら、次のお客さんは、車を使ってくれるといいなと、つい心の中で応援しています。
お父ちゃんの声もだんだん、最初の元気な声ではなく、すごく必死な声(選挙の最終日みたいに)になってきました。

結局、誰一人お客さんはGET出来ず。もう、お客さんは全て会場から出てしまいました。
うつむいて、自分の本来のスタンバイ先へ トボトボ戻るお父ちゃんに、
「残念だっだね。多分、日本人は、怖いんだよ。」と 声をかけた。
今日一日、朝から全く仕事が無かったとお父ちゃんは言う。

誰のせいでもないのだけど、お父ちゃんに対して嫌そうな顔で受け応える日本人が大半だったので、何だかゴメンネと謝りたい気分になってしまった。
しかし、自分も、道端の物売りやタクシーのドライバーさんに対してはきっと、そういう顔してしまうのかもしれない。

このお父ちゃんが かわいそうだと思っても、私には既にドライバーがいるので何もしてあげられないのだけど、あのお父ちゃんの様子がずっと頭から離れなくて、やはり道端で客引きをしている後藤の運転手さんにも、日本人は道端で声をかけられるのが怖いだけなんだと思うんだけどと、その後話してみた。

どうだろう? どこまでいくら、って料金表を作ったら、お客さんも安心するんじゃないの?って、後藤の運転手さんに聞いてみたら、以前既に料金表を作った事があるそうです。料金表を作ると、周りのドライバーがそれより安くすると言い出して、商売にならなかったそうでやめてしまったそうです。

確かに中には、本当に意地悪なドライバーさんもいます。だから後藤も、皆さん、白タクをどんどん使ってあげてくださいなんて、言えません。
ただ、せめて、私も気を付けますが、あまり怖い顔して断らないであげて下さい。
笑顔でノーというのも、嫌そうな顔をしてノーと言うのも、同じノーですから。

楽園の達人がガイドするバリ島完全移住

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Noと言わないインドネシア人

昔、「Noと言えない日本人」というような本があって、物事をストレートに言えない日本人を浮き彫りにしていたと思うのですが、だったら、インドネシア人の方が日本人よりも、もっとNoと言えない、言わないですね。

日本人がインドネシア人に対して、一番困ることは、Yesと言ったのに、約束を破られるという事の多さがありますが、これは、Noと言わない事の短所の部分に当たりますが、ただ単に、最初からできないくせに Yes とやみくもに言っているわけではなくて、彼らの言うYesの中には、その場を穏便にしたいという気持ちと、物事が思うようにうまく行けばいいという希望の気持ちと、やっぱりあんまり一生懸命でなかったり、準備が足りなかったりというものが混じっていると思います。
Noと言わない事は、悪い事ばかりではなくて、彼らの懐の広さも意味します。だから、旅先で、我がままな事をインドネシア人に言ったとしても、OKと言われて得したり、楽しい思いをしたという事だって、沢山あるはずです。

出来ますか?聞けば、出来ます(bisa)と
~しても良いですか? と聞けば、いいですよ(boleh)と返事をされる事が多いわけですが、そういう彼らも、周り全てがそういう人たちばかりでなければ、損をしてしまう事もあるわけです。
これちょうだい? と言われれば、どうぞ(silakan)と あげてしまうし
これやっておいて? と言われれば、いいよ(ok)と 苦役を背負ってしまうし
見方を変えると、決してインドネシア人のこの性格は、いい加減というわけでは無いと思うのです。

皆さんの中にも、バリ島などで、大してお金を持っていないバリ人から、何か心ばかりのコーヒーとか、食べ物とか、買ってもらった経験もあるかもしれないのですが、頂戴とか、買ってとかってねだられなくても、持ってる有り金の殆どを使う事になるとしても、ちょっと何かしてあげたいと思ったら、惜しまずに与えてくれるのもバリ人の性格だったりします。
他にも、昔フェリー(船)に乗った時は、隣りにいた、お父さん達のグループから、みかんをもらった経験がありますし、お父さんたちは、見ず知らずの私たちに、みかんをくれるだけでなくて、こっちの方が日陰だから、こっちにおいでと、自分達の場所を分け与えてくれるのです。それに対して、外国人は、良い場所を確保したら、もう渡さないわよ!って気合が伝わってきますものね。

昔のメルマにも書いた記憶があるのだけど、例えばこちら別府では沢山の留学生がいますけれど、インドネシア人ってそういう性格だから、ここに座ってもいい?と言われれば、ダメとは絶対に言わないし、つまり、人懐こいので、友達はすぐに出来るように聞いています。その代り、ズルイ人もいまして、Noと言わないインドネシア人の性格をわかっていて、休憩時間などに、缶ジュースなどをインドネシア人から、たかる日本人だっているわけです。図々しい人がいるとインドネシア人は損をする。インドネシアという国自体がそれを物語っているようにも見えます。

ある時私は、こんな彼らの性格をすっかり気使わず、失敗してしまった事があるのです。
バリ島で毎日出会う、お土産売りのお兄ちゃんがいて、何か買ってよって毎日言われていたので、ちょっとウザいとも思ったのだけど、本当に毎日顔を合わせて、他愛も無いおしゃべりをしているうちに、1個くらい買わないと可哀相だなと思ったのです。本当に義理でお買い物をするという感じです。
値段も、仕入れと一緒じゃ彼の利益が無いからちょっと高くても仕方が無いと思いました。1個3万ルピアと言われていたお土産品があって、それを買う事に決めて、もう少し何か奮発しようと思ったのが間違いでした。
「じゃあ、私、5万ルピア払うから、この3万ルピアのと、他に何か2万ルピアのお土産頂戴」という言い方をしてしまったのです。
せいぜい、同じようなものを2個渡してくれるだろうと思っていたら、それは間違いで、彼も毎日顔を合わせて無駄話をしている手前、あんまりケチな事は出来ないと思ったのか、自分が損するくらい、沢山のものを持って来たのです。多分、曖昧に言われたので、私に対する思いやりというよりも(それほど仲良くなったわけでも無いし)、自分の面子が立つ程度のことをしようと考えたのでしょう。自分が気を使ったつもりなのに、かえって相手に気を使わせてしまったのです。だったら、最初から、この3万ルピアのを3万5千で買ってあげるとか、そういう言い方をした方が良かったと後悔しました。
Noとストレートに言えない彼らは、逆にこっちが曖昧な言い方をすると、思っている以上に気を使ったりするのです。でも、多分、そのお土産屋さんは、良い人だと思います。私も商売をしているので、彼の気持ちもわかるのです。
この気使いには、相手の事を友人とまで、全く思わなかったとしても、毎日顔を合わせて、毎日挨拶をして、適当な世間話をしていたという前提がありますので、初めての店にお土産を買いに行って、5万ルピアで何か頂戴といきなり言ったとしても、多分、ぼったくられると思います。マネしないで下さいね。

Noと言わないインドネシア人に、ちょっと気を使ってあげようと思ったら、性格も読んでおかないと、かえって気を使われてしまう事もあるのでした。

インドネシア人

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人間の温かさを感じる旅

せっかく ブログを再会したのに、ジョグジャの地震の話題が入ってしまって、話題が重くなってしまいましたが、また旅の話に戻りたいと思います。

人間の温かさを感じる旅
なんてタイトルにしましたが、ウルルン滞在記のように、現地の人々に優しくしてもらうという事も、人間の温かさを感じますが、後藤的には、そうではなくて、人間模様の様子を あくまで第三者として観察して、人間の温かさを感じるという話題をしたいと思います。

もちろん、バリ島では、そういう経験(バリの人が家族同様に親身に接してくれてウルル)をされた方も多いと思うのですが、それも個々の主観によって、微妙に違うと思うのですね。例えば、あまり手取り足取り、親身にされると、気持ちはありがたいのだけど、後藤の場合は、かえって気を使ってしまってリラックス出来ないのです。それに、最初からいきなり人懐こいというのも、後藤は引いてしまったりするし…この辺の話題はまたいつかします。

後藤は泊まった宿や、その周辺の人間模様を観察するのが好きです。
それに、他人のやりとりを見聞きしているのも楽しいと思うのです。
そんな中で、バリの人々の優しさとか、温かさとかを発見する時に、自分に向けられた事では決してないのだけど、私自身も温かい気持ちになります。癒されるのです。
このような事は、日本でだって、よ~く周囲を観察していたらそういう発見も出来るのですが、残念ながら、日本だと、そういう暇なことに費やす時間が無かったり、仮に暇があっても、日本だとあまり有難味を感じなかったりします。外国だからこそ、ここにも、こんな事があるのだって、ささやかな発見がとても嬉しく感じるのです。

皆様は、バリ島へ行った時にバリの人とどんな無駄話や世間話をしますか?
私は、このような発見をする為に、あえてあまり特別な話をしないように努めています。
自分と同じくらいの年齢の主婦に、ごく普通の生活の話をして、そこから、子供の話や家族の話、そこから、夫の愚痴、子育ての苦労話、親戚関係の付き合いというような話題に流れるのが好きです。
な~んだと思うかもしれないけれど、その会話の中に、日本もバリも同じじゃん。私もバリの人も同じ人間じゃんと思えることが発見の1つでもあるのです。そして、そういう他愛も無いごく日常の話の中から、日本人と違う価値観などを発見する事も出来るのですが、ごく普通の人間の愛情を感じる時に、人間の温かさを感じるのです。

私はバリ島では、沢山の買い物をしなければなりませんし、沢山の交渉もしなければなりませんし、それはかけ引きでもあるし、お互いの利害を探るようなことばかりしなければなりませんので、多分、そういう、ごく普通の会話というものに、ほっとするものを感じるからなのかもしれませんが。

ユウコ、私今日は実家に子供を連れて帰るんだけど、一緒に来る?
ごめんね。私は忙しくて行けない。何があるの?
ちょっとしたウパチャラ(宗教儀礼)があるから、帰らなくちゃいけないの。後で、お姑さんにお願いして(おことわりして)、帰ることにするわ。

こんな会話をしていても、日本でお姑さんと同居しているお嫁さんと同じね。って思います。

後に、そのお嫁さんが、子供を連れてお姑さんに報告をしていると、お姑さんは、お嫁さんにお餞別を渡していました。お姑さん(お婆ちゃん)は、孫達に、お小遣いを渡していました。
日頃は破れたようなワンピースを着て、バタバタと働いているお婆ちゃんは、自分の事にはお金を使わず、こういう時にお金を使っています。決してただのケチなのではないのです。孫にお小遣いを渡すお婆ちゃんは、日本のどこにでもいる優しいお婆ちゃんと何も変わりません。

私が何かしてもらったわけではないのだけど、こういう光景を見ているだけで、ほっとした優しい気持ちになれるのです。
だから、私は、旅先で人々の様子を観察する事が好きなのです。

孫を思うお婆ちゃんの愛情も 日本とバリは変わりませんが…

私のバリ島の運転手さんの長女を紹介してもらって、後で、こんなに可愛い子だったら、すぐに恋人作って結婚してしまうよ。心配だね~って運転手さんに 意地悪っぽく言ったら、「そんな残酷なこと言わないで」とばかりに、返事をせずに私に目で訴えていた彼は、その時は、運転手さんの表情から、お父さんの表情に変わりました。

娘を愛するお父さんの愛情も 日本とバリは変わらないようです。

日本とバリの違いを探すことは簡単ですが、日本とバリでも同じという事を発見すると、良いも悪いも、お互いに共感しあえるし、何より自分自身が穏やかな気持ちになります。

バリ島極楽チャンプル

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旅のスタイル

基本的なことですが、
当店にはあまりバリ島情報に関する情報を公開していなかったので
ちょっとは楽しい読み物を作ってみようと思い開設する事にしました。

あくまでも、店主後藤の視点でのお話となる事を 事前にお断り致します。

バリ島旅行をされる方々には、「バリ島へ旅行するんだ」と決めた時点から、
いろいろな旅行のイメージがあると思います。

  • トロピカル・リゾートを優雅に満喫
  • あれこれ観光しまくる
  • 食べ歩き、雑貨のお買い物
  • できるだけ良いホテルに泊まりたい~

なんて事も、後藤は今までバリ島と関わってきて、どれもちょっとづつ憧れたり実際に経験したりしました。

今となっては、「商品を探しに行く目的」 ほぼそれだけでバリ島へ行くわけですが店主の感覚として、バリ島へ行くという事は

年に数回田舎に帰省する。

そういう感覚になってしまっています。
リピーターさんの中には、決まった宿に泊まって、決まったバリの人々に出会ってだから、田舎に帰省する感覚になるのだという人も多いと思いますが、後藤には、今のところ定宿なんてありません。けれども、それでも、帰省した気分でバリ島で過ごす事が出来ますし、いつもそういう気分です。

バリ島へ行った事が無い方や、まだ数回しか行った事が無い方の場合は、まだまだ異国情緒を感じる事もあると思いますし、こんな私でも、未だにカルチャーショックを受けるような出来事もタマにありますが…

でも、バリ島という所は、私のように、あちこちの宿に泊まって、いつも知らない人に出会っているとしても、2~3日もすれば、もう古くからの知人であるかのように打ち解けて会話に入っていく事も出来ますし、バリ島の生活を10年ほど観察していると、大まかに言えば、ちょっと前の日本とあまり変わらないと思うのです。
それは勿論、日本人とバリ人との価値観とか、宗教観とか、細かい部分で違う事も沢山ありますが、同じアジアの心を持った、とても私たちに近い人々だと思うのです。
バリの人々と日本人の共通点については、いつかまたブログに書きたいと思います。

09150032

暑い暑い日ざしが少しづつ弱まり、空がほんのり暗くなり始めて、家々に電灯が灯ると宿の雰囲気はより生活観を増していきます。

Yuko sudah mandi ? sudah makan ?
(ユウコ もう マンディしたか? もう夕飯食べたか?)

宿のイブ(お母さん)が、すっかり夕方の水浴びを追えて、着替えを済ませて、まだ湿った髪を垂らして、子供を抱きかかえて、蚊取り線香を持って来てくれる。
私は 子供に声をかけながら、笑顔で返事をしている。

そんな時ふと、まだ泊まって3日目のこの宿に、もう随分昔から泊まっていたような錯覚に陥るのです。
そう、その昔子供の頃、お盆休みに田舎へ帰省していた私が、あの頃にタイムとリップしてしまったと錯覚するのです。

豪華なホテルも、お花をちりばめたフラワーバスも魅力的ですが
店主後藤は、こういう ひと時を求めて、またがんばって仕事をしてバリへ行こうという気持ちになるのでした。

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