ウブドの通りの名前
バリ島の道には、大抵名前があります。どこか、他の島の町の名前だったり、神様の名前だったり、動物の名前だったり、人の名前だったり、いろいろな名前が、小さな通りであっても、名付けられています。
ちょっと京都みたいな感じがしませんか?
私がよく滞在しているウブドにも、色々な名前の通りがあり、私も主な通りの名前しか知りませんが、ちょっとした雑学? を皆様に伝授したいと思います。
ウブドを南北に、ハヌマン通りという通りがあります。
ハヌマンとは猿の神様の名前ですが、実はそのすぐ近所に、ハヌマンのお祖父さんの名前の付いた通りがあります。
それが、ゴータマ通りです。最近、ちょっとしたカフェなどが増えて、日本人の通りも多くなってきた通りなのでご存知の方もいるかと思います。
ゴータマは、ハヌマンのおじいちゃんなので、ゴータマじいちゃんも猿なのか? いえゴータマおじいちゃんは、日本で言えば仙人みたいな方という表現が近いのかもしれません。
では、ハヌマンのお婆ちゃんはというと、天女みたいな方という表現が近いのかもしれません。
そして、ハヌマンの叔父さんが、スバリ・スグリワです。
郵便局の1個西側に、スグリワ通りという通りがありますね。
近い位置に、ハヌマンの親戚の名前が集まっていて、ちょっとユニークだと思いました。
さて、この通りの名前、ゴータマ、ハヌマン、スグリワ、この3代に渡る親戚には次のようなラーマヤナ物語があります。
ゴータマの妻は、とても美しくて優しい奥さんでした。
しかし、この妻には、こんな過去がありました。
ゴータマと結婚する前、彼女は、太陽神スーリャと恋人同士でした。
しかし、彼女がゴータマと結婚するという事は神様によって決められた事なので、彼女は泣く泣くスーリャと別れてゴータマと結婚したのです。
ゴータマとの間には3人の子宝に恵まれました。
一番上がお姉ちゃん、その下二人が男の子です。
お母さんは、スーリャと別れる時に、スーリャから見たいものが何でも見れるという鏡をもらいました。寂しくなったらその鏡でスーリャに出会う事も出来たわけですが、お母さんは、結婚する時は悲しかったけれど、夫と子供を愛し良いお母さんになって、スーリャの事は過去の思い出となりました。けれどももらった鏡を捨てきれずに、成長してきた娘にこっそりプレゼントしたのです。
お姉ちゃんは、下の弟たちに鏡を見付からないように持っていたのですが、見られてしまい、弟たちはお姉ちゃんだけ鏡をもらった事を不平に思い、父親のゴータマに自分たちも魔法の鏡が欲しいと訴えるのです。そこで、スーリャからもらった鏡を妻が娘に与えたという事が、夫のゴータマに見付かってしまい、ゴータマは妻に問い質したのです。
妻は決して今でもスーリャの事を思っていたわけでは無いので、夫に誤解されたと思い思わず涙を流してしまいます。ゴータマはゴータマで、妻の涙にムカついてしまい、つい出来心で妻に魔術をかけてしまいました。妻は石になってしまったのです。
子供たちは、石になってしまった母を前に号泣して父のゴータマに嘆願して、元に戻すように頼むのですが、ゴータマでさえ、その魔術を解くことは出来ないのでした。ゴータマも後悔していました。そして事の原因となった鏡を ゴータマは投げ捨てます。鏡は湖に落ちてしまいました。
3人の子供たちは、父親に内緒で、鏡を探す事にしました。
まだお母さんが恋しい子供たちは、魔法の鏡なら、せめて鏡を通して、お母さんに会えると思ったのです。そこで、弟たち、スバリとスグリワは湖に飛び込みます。
お姉ちゃんは、湖畔で湖の水をすくって顔を洗って弟たちを待っていました。
二人の弟たち、スバリとスグリワは、鏡によって湖全体に魔力がかかった水に潜ってしまった為、猿の姿となって湖からあがってきます。その水で顔を洗ったお姉ちゃんは、顔と手首から先だけ猿になっていました。再び、この3人の姉弟に悲劇が襲いました。
何故こんな事になったのかを 3人の子供たちは泣く泣くお父さんのゴータマに相談して、神様からの試練を受け入れる事にしました。3人とも過酷な修行を神様から申し付けられるのです。
修行に耐えていたお姉ちゃんは、そのうち風の神様と結婚し男の子を出産しました。
この子供がハヌマンです。お姉ちゃんは出産と同時に魔術が解け、猿の顔から元の美しい人間の顔に戻りました。
ハヌマンは生まれる前から、猿の大将となる事が決まっていました。
そしてそのハヌマンを補佐するのが、叔父のスバリとスグリワという運命だったのです。
ラーマヤナ物語は、こうして続いて行きます。
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