平和を考える頃

15日が近づくと、日本のTVも原爆や戦争の番組が増えてきます。

毎年、日本人が平和について考えさせられる時期がやってきました。

友人であるインドネシア人の友達が、バリ島で2回も爆弾テロが起こった時の感想を私にこう言いました。

「自分の宗教が一番という思想が一番良くない」

世の中で起こっている紛争の原因は宗教だけではありませんが、私の友人の言っている事は的を射ていると思います。
人間は一人では生きて行けないし、これだけの人間が地球上に生きて行く為には、誰かがその人間をまとめて行かなければなりません。
考え方の違いや、文化の違い、自分たちを有利にしたいという、いろいろな思惑が渦巻いて、結局戦争というものが起こっているわけではないかと思います。

人が一人で生きて行けない以上、大切な事は協調するという事だと思います。
人間の個性や思想は大切ですが、集団の中で、争ったり人に迷惑をかけたりしないようにお互い考えながら生きて行く事は大切な事だと思います。

「自分の宗教が一番」

この考え方は、平和を崩す第一歩だと思えます。
勿論、自分が大切にしている思想や神様はあるかもしれません。
けれども、他の人にも、同じように自分が大切にしている思想や神様があるわけです。
異宗教の人間同士が「自分の宗教が一番」と、言い合っていたら必ず争いになります。
また、そういう純粋な人間の心を利用する、もっと悪い輩が出てきます。

インドネシアという国では、かならず国民が1つの宗教を信仰する事になっている国です。
90%くらいは、イスラム教で、残りは、仏教、ヒンドゥー、キリスト教という感じでしょうか?
圧倒的に、イスラム教徒の多い国なので、違う宗教の人間も、異宗教であっても、生活にイスラムの風習などの影響を受けずには生きて行く事が出来ません。
豚が不浄というイスラム教徒の人が、隣人のヒンドゥー教徒に、豚肉は汚いから食べないでもらいたいなどと、習慣の違いのような事で争っていては、平和になるわけもありません。
動物が好きな私も、可愛い子犬や数々の動物をムチャル(生贄)として神様に捧げるバリ人に、そんな事は間違っている! なんて抗議すれば、たちまちバリの人たちから、私は歓迎されない人間になってしまう事でしょう。

幸い、私たち日本人は、宗教に対して寛容に生活しています。
クリスマスも祝えば、寺で仏事を行い、神社や教会で結婚式をして、バリ島では、ヒンドゥーのお祭りに行って、聖水まで受けてしまいます。
世の中、みんな、宗教に対して、これくらい寛容だったら、もう少し戦争は減っていたと思えます。

とりとめのない文になってしまいましたが、店主も世界の平和を心から祈ります。

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価格

お客様から、商品の値段についてのお問合せがありましたので、ブログに少し言い訳をしてみたいと思います。

その前に、以前ングラライ空港の出発ロビー、イミグレを通り抜けて突き当たりの左手に、すばらしく品質の良い木彫り屋がありました。木彫り屋というには申し訳無いくらい、その品質はすばらしかったです。場所が場所なので、価格が高いのは仕方がありませんが、私が仕入れているものと同じタイプ(クオリティは違いますが)で、ゼロが1個くらい多かったりしました。どこで作っているのか聞いてみましたが、教えてくれませんでした。
販売品ではなく、空港内、あちこちに木彫りや石像が飾られていますが、空港だけあって、本当にすばらしいものが多いです。勉強になるので、店主はいつも空港などで、そういったものをよく見ています。

以前店主がよく泊まっていた中級ホテルは、オーナーがアンティークや美術品のコレクターで、スハルトにも物品を献上していたそうです。
ホテルは大した事はありませんが、無造作に飾られているものがすごかったです。
一番印象的だったのは、魚の大きな絵画で、外に野ざらしで飾られていましたが、数ジュタくらいの値段で買えるようなものでは無いはずです。ホテルの周囲には、1000円くらいで買えるような絵画が沢山販売されていますが、月となんとかくらいの差は歴然としてわかります。日本だったら、数十万円くらいで販売されていてもおかしくありませんし、誰かが評価したら、百万円以上するんじゃないでしょうか?
数ジュタであっても、バリの物価からすれば、かなり高額で、日本人にとっても、安くは無い価格です。まあ、けれども、インドネシアのお金持ちというものは、日常、普通の日本人くらいの金銭感覚です。時には、日本人でさえ、ギョッとするような金銭感覚であったりもします。ですから、バリ島の芸術品の価格というものは、バリの紙幣価値だけでは量る事は出来ないと思っています。

さて、当店の言い訳話ですが、日本に商品を送って販売する場合、どうしても現地価格のような価格での販売は出来ません。商品を空輸している当店では、現地での買い付け額よりも、送料が上回る事だって普通にあるのです。単純に大きくて重たければ、高くなってしまいます。船便などで安く送る方法もありますが、当店の商品は破損する可能性が高いものが多いので、船便は使っておりません。それに木製品ってあまり長く梱包したままだと、カビてしまうんですよ。コンテナを一本チャーターする方法もありますが、1点づつ検品して商品を集めていたら、コンテナを一杯にするには、相当な時間がかかってしまうのです。
これが当店の事情です。

余談ですが、アジア全般的に通貨が高騰していて、現在タイ雑貨などのバイヤーは悲鳴を上げているそうです。
インドネシア雑貨の場合も、それに近いわけで、最近はオリジナル商品の製作販売をされていらっしゃる方が多いと思います。現地の商品をそのまま販売しても、割安感がなくなってしまったからですね。
そういった雑貨だけでなく、本当に最近、インドネシアの物価は高くなっていて、バリに行ってもあまり割安感を感じる事が少なくなってきました。
ジャワから帰って来た友人(インドネシア人)が、シャツを1枚4万ルピアくらいで買った、安かったと自慢していましたが、私が今日買ったシャツは、ちゃんとしたコピーライトのもので、2枚で千円でした。安いと思って買ったわけですが、友達が自慢していたのと同じくらいの値段です。
インドネシアでも、品質が悪くなささそうなシャツを買おうと思ったら、10万ルピア以上します。日本円で千円とか二千円なのです。近い将来、マジで、この商売を見直さなければならない日が来ると思っています。

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バリ島のお面の分類

店主後藤は、主にお面を4種に分類して考えています。

  1. お寺所有のお面
  2. 舞踊団所有のお面
  3. 芸術品としてのお面
  4. 民芸品としてのお面

まず、バリ島のお面の元来の目的を考えると、供養踊りに利用する事ではないでしょうか?
そして、その芸術性から宗教的要素を取り除き、観光客が有料で見物できるバリ舞踊があり、それらに使用されるお面がみやげ物として量産されて販売されているわけです。

お寺所有のお面とは、バロンなどは特に、ご神体として日頃は境内に収められており、祭りの際に外に出る以外は、お供え物や祈りを捧げられ、とても大切に保管されています。
また、お寺所有のお面とは、プルウッド、ブリンギンなどの大木の根元から彫り出されるそうです。お面職人さんは、ご神体になるお面を彫る際には、何日も前から心身を清めて作業に取り掛かるそうです。
お寺所有のお面は、お面そのものが神様扱いなのです。

次に観光客向けのバリ舞踊公演で使用されているお面は、舞踊団の経済状況に応じたお面が使用されているわけです。お寺に保管されているご神体のお面よりも、芸術的に優れているお面を使用している場合もあれば、間に合わせで安いお面を使用しているキャラクターの登場というものもあります。
舞踊団で使用されているお面に関しても、バロンやランダはお寺のご神体では無いとしても、祈りやお供え物を供えられ、それなりに大切に保管、使用されています。

そして、バリ島を訪れて、バリ舞踊を見たお客さんに買って頂くために量産されているお面というものがあります。当店、イマジネールでは多く仕入れている部類になると思います。主に安くて加工しやすいスアールという木を使用して、きれいに着色されています。

そんな安物じゃなくて、実際にバリ舞踊で使用されているようなお面が欲しいというようなお客様のニーズもあるわけで、プルやブリンギンなど同じ高級素材を使い丁寧に作られているものも、値段に糸目を付けなければバリ島ではいくらでも購入は出来るのです。

木の材質以外、お面の飾りでもクオリティを判断出来ます。例えば有名なバロンのお面も、エラ飾りというのでしょうか?その部分をボール紙で作っているものはとても安く購入出来ますし、そのパーツを専門の職人さんから購入して、それなりに皮革や石などの装飾を施しているものを付けるだけで、お値段はグンと上がってきますし見た目もより本格的になります。

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ボール紙で作られたエラ飾のバロン

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バリ舞踊装飾専用の職人さんが作ったエラ飾のバロン
お面職人さんが買ってきて付ける為、お面の価格も高めになる。

また、ご神体用とお土産用では、若干デザインが異なるという場合もあります。
例えばそのバロンですが、本来耳には毛糸のボンボン飾りは付けないという職人さんもいますし、安物のバロン面には2本の角が付いていないものも多いです。

ランダであれば、お土産用のお面には、耳飾が付いていますが、本物のチャロナランには、耳飾が無く耳たぶに穴が空いた状態に彫られているなどの特徴があります。

お面も拘ってしまうとキリがありません。
いつかの私のブログにも書きましたが、事もあろうかバリ島のお寺から、ご神体であるお面を盗んでアメリカに輸出したというバチアタリな事件も過去起こっています。

残念ながら、民芸品であるお面であっても、それらを作る職人さんの後継者不足の為、店主が特定のお面などを探していると、「昔はどこにでも売ってたけど、最近職人さんが少ないからね」 と よく売り子をしているおばちゃんたちに言われる事が多くなってきました。

バリ島にはお面の事情もいろいろあるわけですが、日本でご購入して頂く場合、見た目やインテリア性でお選び頂いている事が主ではないかと思います。
今後も、イマジネールでは、出来る限りお手頃価格でマニアックなお面が仕入れられるように努力していくつもりです。

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最近見なくなったもの

店主後藤が初めてバリ島へ行ったのは、1994年のこと。
バリ島へ行かれた事のある皆様同様、店主も初めてのバリ島は、いろんな事に対してカルチャーショックを受けていたと思います。

けれども最近、そんな過去のカルチャーショックな出来事を見かけなくなってしまったという事があります。
今回は少しだけですが思いついただけ、買いてみたいと思います。

まずは何といっても、GAのスチュワーデスさんですね!!!
初めてのバリ島、初めて出会うインドネシア人は、やっぱりスチュワーデスさんです。(最近はCAと呼びますが…)
何に驚いたかというと、髪型なのです。アップにして、後ろにお団子を作っているわけですが、そのお団子の大きさがハンパじゃなく大きいのです。ダチョウの卵(ってどれくらいの大きさだ!?)くらいはあると思うのです。
(後にそれは、付髪も混ぜているという風に聞かされましたが)
バリ島へ到着してみると、クバヤ姿の女性にもカルチャーショックを受けましたが、その女性たちがまた、巨大なお団子頭をしていて驚いたものです。
けれども… 最近そういうトラディッショナルな髪型をしている女性ってあんまり見ませんよね。昔はスチュワーデスさんもといCAの方々もそういう髪型をしていたわけです。

それから次に驚いたのは、ちっちゃな大人の女性です。身長が150センチも無いような女性が目立ったような気がするのです…けれども、最近の若い女性はみんな身長も高いしガリガリに痩せている人も少なくて、この10年くらいで栄養状態が良くなったのかな~?と思ってしまいます。
ごくたまに、市場などへ行くと、すっごく小さなお婆ちゃんなんてみかけるのですが、小さな若い女性はあまり見なくなってしまいました。

その次に驚いた事は、まだコンクリートも美しかった当時の空港から外に出た道路にある中央分離帯、そこに木が生えているわけですが、木陰で男性が集まってのんびりしていました。
今でも普通にいる、新聞売りの様子とは明らかに違い、腰にバティックだけ巻いてくつろいでいるおじさんたちが集まっていました。
そういう、いかにも南国の人っぽい雰囲気も最近あまり見なくなったような気がします。

それから、ワルンのTVに集まる人たち。ああ~家にTVが無いんだな~と思っていましたが、もう今や一家に一台TVが当たり前のバリ島になってしまいました。
それどころか、最近は、心なしかエンストして止まっている自動車や単車も、昔みたいに見なくなりました。(たまにトラックが横転したりパンク修理してたりは見ますけどね)

食べ物で言えば、どこのレストランも甘ければいいという感じに作ったケーキの中でも、ここならまだ食べられる…という店で、クリームやチョコレートの甘味を求めて出かけて行ったものですが、もう最近では日本で食べるのと変わらないスイーツが、あっちにもこっちにもあります。
ハンパじゃない甘さに愕然とした事も、当時のカルチャーショックの1つだったと思うのです。

10年一昔とは言いますが、のんびりしているようなインドネシアは、日本とは比べ物にならないくらいの早いスピードで、いろいろな事が変化していると、店主は思います。

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バリ島の休日

今日から三連休です。皆様はどう過ごされますでしょうか?

トロピカルな南国のバリ島に暮らす人たちなら、毎日休日のような感じもしますが、そんな事はありません。バリの人たちだって仕事や学校や日々の暮らしがあります。

店主後藤は前のブログで書いたわけですが、ガルンガンというバリ島の祝日にバリ島滞在をしました。
といいましても、ガルンガンを体験した事はもう何度目でしょうか?

ガルンガンになると、日本で言うところのお正月やお盆のような状態になります。
多くのバリ人は休暇になり、実家に帰省して、ガルンガンのご馳走、豚料理やお菓子を用意して、門松にあたるペンジョールを家の前に立てて、魂が帰ってくる先祖の目印にします。大人は子供にお年玉に当たるような小遣いを与え、バリの人たちは民族衣装を着て、まるで初詣みたいに、氏寺へ参拝に行きます。

さて、こんなガルンガン中の日曜日ともなると、バリの人たちも家族でどこかへ遊びに行ったりする事もあります。家族でなくても、友達どうしだったり、恋人どうしがデートしたりと、大勢のバリ人が移動します。

そんなガルンガン中の日曜日、たまたま店主後藤夫婦は、ウブドを移動してサヌールに滞在していました。
後藤が滞在していた所は目の前が海というロケーションだったのですが、周囲にそれ程なにも無い所です。ところが、日曜日になってみると、その静かな海が一変しました。
多くのバリ人たちが、海水浴に押し寄せてきたのです。

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この写真は殆ど全て、バリ人です。

さて、宿の前も賑やかになってきて、じっとしていられなくなった店主後藤夫婦は、外に出てみました。
昨日までは無かったのに、海岸に沢山の屋台が出ています。
それを物色しながら、夫婦で散歩しました。
サテ(焼き鳥)、ジャグン(焼とうもろこし)、バッソ(肉団子スープ)、肉まん!!!
ちょっとづつ買い食いしながら、海のお散歩はとっても楽しいです。
日本だったら、こんなに買い食いしていたら、すぐに何千円か使ってしまいますが、ローカル向けの屋台なので、少々食べてもトータルで何百円なのが嬉しいです…

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写真は鶏肉煎りの肉まん にんじんの方が沢山入っていましたが味はGOOD!

私たち夫婦が楽しそうに買い食いしていると、宿のスタッフたちも、ニヤニヤして見ています。
そうだな~もしも、私の近所に外国人が旅行に来て、日本の縁日でアレコレ買い食いして楽しんでいたら、きっと私も嬉しい気分になると思う。
でも、本当に楽しかったのです。それに海辺での買い食いは本当に美味しく感じます。

お祭り気分で宿に滞在していると、部屋の前の建物の屋根に、走っていく姿を発見!
リスです。この辺には、ささやかな鎮守の森があるので、リスさんも過ごしやすいのかもしれません。

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なんて、買い食いや、リスに感動したバリ島滞在なんて、何年ぶりでしょうか?
私は、毎年何回も、バリ島に来ながら、あんまりこのような事に、ここまでワクワクしていないのです。

さて、最後のディナーはサヌールのシンドゥー市場という所へ行って、またまた食べたいものをアレコレ食べてしまいました。

サヌールの目抜き通りには、ベモという乗り合いバンが沢山通っていてとても便利です。
市場までは、このベモで往復しました。道中、大抵、ベモの運転手とお話をしながら乗ってます。
本当は、もっとサヌールの滞在は楽しいことがいろいろあったのですが、またの機会にブログに書きたいと思います。

本当に楽しい旅になった事に感謝していますし、バリの人たちが楽しそうに休日を過ごしている姿を見て、その場にいるだけで、こっちも喜びを分けてもらったような気分になりました。

是非皆様も機会がありましたら、日曜日のローカルビーチへでかけてみては如何でしょう?
後藤は、高級ホテルのプライベートビーチよりも、こういう所の方がずっとリラックスできるのです。

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ウブドの通りの名前

バリ島の道には、大抵名前があります。どこか、他の島の町の名前だったり、神様の名前だったり、動物の名前だったり、人の名前だったり、いろいろな名前が、小さな通りであっても、名付けられています。
ちょっと京都みたいな感じがしませんか?

私がよく滞在しているウブドにも、色々な名前の通りがあり、私も主な通りの名前しか知りませんが、ちょっとした雑学? を皆様に伝授したいと思います。

ウブドを南北に、ハヌマン通りという通りがあります。
ハヌマンとは猿の神様の名前ですが、実はそのすぐ近所に、ハヌマンのお祖父さんの名前の付いた通りがあります。
それが、ゴータマ通りです。最近、ちょっとしたカフェなどが増えて、日本人の通りも多くなってきた通りなのでご存知の方もいるかと思います。
ゴータマは、ハヌマンのおじいちゃんなので、ゴータマじいちゃんも猿なのか? いえゴータマおじいちゃんは、日本で言えば仙人みたいな方という表現が近いのかもしれません。
では、ハヌマンのお婆ちゃんはというと、天女みたいな方という表現が近いのかもしれません。

そして、ハヌマンの叔父さんが、スバリ・スグリワです。
郵便局の1個西側に、スグリワ通りという通りがありますね。
近い位置に、ハヌマンの親戚の名前が集まっていて、ちょっとユニークだと思いました。

さて、この通りの名前、ゴータマ、ハヌマン、スグリワ、この3代に渡る親戚には次のようなラーマヤナ物語があります。

ゴータマの妻は、とても美しくて優しい奥さんでした。
しかし、この妻には、こんな過去がありました。
ゴータマと結婚する前、彼女は、太陽神スーリャと恋人同士でした。
しかし、彼女がゴータマと結婚するという事は神様によって決められた事なので、彼女は泣く泣くスーリャと別れてゴータマと結婚したのです。

ゴータマとの間には3人の子宝に恵まれました。
一番上がお姉ちゃん、その下二人が男の子です。
お母さんは、スーリャと別れる時に、スーリャから見たいものが何でも見れるという鏡をもらいました。寂しくなったらその鏡でスーリャに出会う事も出来たわけですが、お母さんは、結婚する時は悲しかったけれど、夫と子供を愛し良いお母さんになって、スーリャの事は過去の思い出となりました。けれどももらった鏡を捨てきれずに、成長してきた娘にこっそりプレゼントしたのです。

お姉ちゃんは、下の弟たちに鏡を見付からないように持っていたのですが、見られてしまい、弟たちはお姉ちゃんだけ鏡をもらった事を不平に思い、父親のゴータマに自分たちも魔法の鏡が欲しいと訴えるのです。そこで、スーリャからもらった鏡を妻が娘に与えたという事が、夫のゴータマに見付かってしまい、ゴータマは妻に問い質したのです。
妻は決して今でもスーリャの事を思っていたわけでは無いので、夫に誤解されたと思い思わず涙を流してしまいます。ゴータマはゴータマで、妻の涙にムカついてしまい、つい出来心で妻に魔術をかけてしまいました。妻は石になってしまったのです。

子供たちは、石になってしまった母を前に号泣して父のゴータマに嘆願して、元に戻すように頼むのですが、ゴータマでさえ、その魔術を解くことは出来ないのでした。ゴータマも後悔していました。そして事の原因となった鏡を ゴータマは投げ捨てます。鏡は湖に落ちてしまいました。

3人の子供たちは、父親に内緒で、鏡を探す事にしました。
まだお母さんが恋しい子供たちは、魔法の鏡なら、せめて鏡を通して、お母さんに会えると思ったのです。そこで、弟たち、スバリとスグリワは湖に飛び込みます。
お姉ちゃんは、湖畔で湖の水をすくって顔を洗って弟たちを待っていました。

二人の弟たち、スバリとスグリワは、鏡によって湖全体に魔力がかかった水に潜ってしまった為、猿の姿となって湖からあがってきます。その水で顔を洗ったお姉ちゃんは、顔と手首から先だけ猿になっていました。再び、この3人の姉弟に悲劇が襲いました。
何故こんな事になったのかを 3人の子供たちは泣く泣くお父さんのゴータマに相談して、神様からの試練を受け入れる事にしました。3人とも過酷な修行を神様から申し付けられるのです。

修行に耐えていたお姉ちゃんは、そのうち風の神様と結婚し男の子を出産しました。
この子供がハヌマンです。お姉ちゃんは出産と同時に魔術が解け、猿の顔から元の美しい人間の顔に戻りました。

ハヌマンは生まれる前から、猿の大将となる事が決まっていました。
そしてそのハヌマンを補佐するのが、叔父のスバリとスグリワという運命だったのです。
ラーマヤナ物語は、こうして続いて行きます。

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マスターカードのCMのように

昨年、私は2年ぶりに夫と一緒にバリ島へ行きました。
バリが好きな夫は、長い間連続休暇を取るチャンスを狙っていて、なかなか叶わず、やっと一緒に行く事が出来たわけですが、多分、バリが好きな人なら理解出来ると思うのですが、長い間、「バリ島に行きたい病」だったみたいです。
自宅では、夫は仕事から帰ると、よく録画して集めているインドネシアの番組を見たりしていました。

そんな時に、例のマスターカードのCMを見ていて、すごく行きたい気分になったようです。あのCMは、バリが好きな人の壷にはまってしまいそうですよね。
きっと、ここを覗いて下さっている私の知人なのですが、彼女もそのCMを見て、バリに行きたいと泣いてしまったと言っていました。

http://www.mastercard.com/jp/about/cm/

さて、私たち夫婦は、やっと夫の休暇が取れて、それから急いでチケットの手配をして出発準備をバタバタとして、バリ島の空港へ到着すると、そのままウブドへ直行しました。
ガルンガンの夜の事です。
乗り込んだ空港タクシーの運転手さんに 「ガルンガン中なのに、こんな夜中にごめんね」と謝りながらウブドへ向いました。
ウブドでは、寝ていたロスメンの家族を大声で叩き起こして部屋に入れてもらいました。

ホテル滞在では、あまりガルンガンなどの休暇の影響は無いかもしれませんが、余程前から、今度のガルンガンに泊まるなどと、ロスメンに伝えておかないと、何かと不自由だったり、不便な事もあります。私たちは、直前に宿に連絡をしたので、仕方がありません。
まず、宿のスタッフは、休暇を取って田舎へ帰っていたので、お部屋の準備がちゃんと出来ていませんでしたし、お湯が出ないお水が出ないというような事も、島中休暇なので、修理にも来てもらえないわけです。
また、私の仕入れに関してはもう、市場や職人さんは休んでいますので、滞在中訪ねて行っても、ああ、イブなら実家に帰ってるとか、今お寺に行ってるとか、そんな調子なのでなかなか仕事になりません。
まあいいか! バリ島のめでたい祝日なのだから!
そういう気分に乗り換えて、バリ島を楽しむ事にしました。

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ウブドの町は、あちこちでバロンの一連帯が行進していました。
日本の獅子舞と同じです。町を歩き回って、お賽銭を集めています。
お賽銭を渡すと、その場で演奏をしてくれるのです。私も2回くらいは、お賽銭を渡しました。
こういう観光旅行者的な楽しみも、この時期ならではです。

バリ島に到着して、やりたい事や食べたいものが沢山あった私の夫は、あれもこれも希望してドタバタして疲れていたようでした。けれども、バリ島滞在の時間は限られているので、部屋でヘタれていた夫にムチを打って、私たち夫婦は、午後三時も過ぎた頃に、宿のお父さんから単車を借りて、ウブドの北部をツーリングしました。
にわかマスターカードCMの真似事です。(笑)

王宮から北部に伸びる、スゥエタ通りを北上して、タマンに出て再び、ラヤ・ウブド通りに戻るという、道がわからなくても、それなりに田園地帯の夕暮れを楽しめるコースです。
宿のお父さんが貸してくれたのは、スープラです。夫はスープラ初挑戦。クラッチの段階がよくわからなくて、随分高回転で運転してしまったりしていたけれど、次第に慣れて来ました。

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まずは、スゥエタに出る前に、デルタデワタの北に出来た新しいガソリンスタンドで、ガソリンを補給して、ラヤ・ウブド通りに戻り、ハヌマンのところから一方通行なので、左折してハヌマンからデヴィ・シタ通りにでて、突き当たりからモンキーフォーレスト通りに出て、そこから一揆に北上です。

ちなみに、単車(スープラ)は、宿のお父さんが太っ腹で、無料で貸してくれました。ヘルメットはありません。(違法なので真似しないで下さい。ガルンガンなどの祝日はノーヘルでも田舎はあまり厳しくないそうです。)

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道を北上していくと、こじんまりした集落が両側にあり、ガルンガンならではの、ペンジョールという竹飾が通りの両側に飾られています。
ワカ・デ・ウマあたりに出ると、左手、西の方に、田んぼが見えてきて、田んぼの向こう側は、川の対岸があり、川の対岸も田園が広がっていて、とても良い景色です。
田んぼのアヒルたちも、そろそろ家に帰ろうかな~としている時刻ですし、集落の人々もガルンガンの夕方に、家の外に出てのんびりおしゃべりをしたりして過ごしている様子が伺えます。

時々、単車を止めて写真撮影をしたりしながら、マスターカードの時間を過ごしましたが、宿に到着するまで1時間とちょっとくらいでした。ガソリンを満タンにして、あまり使っていなかったので、逆に宿のお父さんからお礼まで言われました。本当に良い宿です…。
一応これで、夫のマスターカード症候群は治まったかもしれないし、滅多に夫婦二人でバリ島に来る事も出来ないので、私にとっても良い思い出になりました。
こういう事は、強引にでもやっておく方が良いのです。まさに、マスターカードのCMのキャッチフレーズのようにお金で買えない価値があるのです。
ただ、私たちは結婚25年も経ていないので、宿はロスメン、食事はワルン。VILLAのアップグレードやお揃いのバティックのシャツを買ったりという事は…。。。。

ウブドでは本当に短い時間でしたが、宿のお父さんも親切だし、お母さんも、夫が好きなお料理を作ってくれたりと、良い感じですごしました。
それから、夫と一緒にいつもお世話になっている運転手さんの家を訪ねて行き、家畜のブタさん(沢山の子豚がいて可愛いいのです!)と、2台のVESPAを見せてもらいつつ、田舎のバリ島の家族の雰囲気の中でほのぼのとさせてもらいました。

運転手さんには、まだ2歳にならない息子がいるので、なにかソフトなお土産をと思って、スポンジの玉が飛び出すピストルのおもちゃを持って行ったのですが、小学生のお姉ちゃんの方が喜んで遊んでいました。運転手さんは、大のプルメン(キャンディー)好きなので、ゲーセンで遊んで取った飴玉を集めていて、袋一杯プレゼントしましたが、あっという間になくなってしまったみたいです。ガルンガンで人が集まる時期なので、食べ物のお土産などはすぐに無くなってしまうようです。

久しぶりに後藤は、バリ島で旅行を楽しみました。
旅行のお話は次回に続きますね…

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まやかしの バリ時間

バリで過ごす時間は、ゆっくり流れる…

ジャムカレッジ、インドネシアの人たちは、時間を守らない。

優雅な、バリ島の時間の流れをこのように表現する事がよくある。
時間の流れ方が、日本とバリ(インドネシア)では違うという事は、店主後藤にもわかる。

例えば… バリに行った事のある方には、想像してみてもらいたい。

喫茶店で2時間時間を潰してください。と言われたら、日本では結構2時間時間を潰すのは苦しいかもしれない。けれども、バリ島のカフェで2時間の時間を潰す事は苦にならない。環境のせいもあるのだろうけど。

バリで知り合った、付き合いも浅い人たちと、他愛も無い事を語り合うのに何時間時間を使ってもあまり苦にならないかもしれないけれど、日本で同じ事を同じ内容で会話すると、多分、瞬く間に飽きて間が持たなくなるに違いない。それも、環境や人のせいもあるのだろうけれど。

それを、「バリの時間はゆっくり」と表現するけれど、果たして本当にそうでしょうか?
仕事として、限られた期間と時間に、すべき事を達成しなければならない店主には、「バリの時間はゆっくり」という風にはとても思えないのです。

一番わかりやすい表現で例えるなら、浦島太郎です。
亀を助けた浦島太郎は、竜宮城で、ご馳走を食べ、鯛や平目の舞い踊りを見て過ごしていた。残してきた地上での生活が心配になり、亀に送り届けてもらう。しかし、そこは、自分の知らない環境だった。そこで、乙姫様にもらった玉手箱を開けてみると、浦島太郎は白髪白髭の老人になってしまう。
つまり、鯛や平目の舞い踊りを見ていた時間は、あっという間に感じていたのだけれど、実際は、それ程時間を費やしていたという事。
店主後藤は、バリ島の時間はまさにそれだと思う。

時間の流れがゆっくりに感じていても、実際に費やしている時間は、日本で感じる何倍も費やしているような気がする。つまり、ゆっくりはまやかし。1分は1分だし、1時間は1時間。逆説で言えば、バリで10分と感じていた時間が、実は30分も費やしていた、そういう事が多い。

また、違う表現で言うと、疲れたので喫茶店に入る。バリならこじんまりしたカフェとかワルンかな? 日本なら10分も休憩すれば落ち着く。ところが、バリでは、ほぉ~っとしていると、何時の間にか30分以上経過している。どうかすると1時間が経過していたりする。

バリの時間はゆっくり流れている、それはまやかしで、店主にとっては、バリの時間はメチャメチャ早く流れている。

だから、バリ島で限られた時間内に、目的を達成しようと思ったなら、日本であくせくしているよりも、もっとピッチを上げて動かなければ、それが出来ない。
逆に、同じ事を日本で終らせようとするなら、時間の感覚的にもっと楽なのだ。

日本だったら、1日もかからない事に、1週間もかかるという事については、怠け過ぎと思うけれど、日本で1日かかる事に対しては、せめて倍の2日くらい時間をかけて丁度良いのかもしれない。人に対しても、自分に対しても、それくらいサバを読まなければならない。

なぜなら、バリ(インドネシア)の時間は、日本よりも早く流れているから…

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今のイマジネール

11月は結局、一度も更新をしておらず、当店を楽しみにして下さるお客様には、大変残念な思いをさせてしまいまして申し訳ございません。

店主は、もう10年以上バリ島へ通い、楽しいことばかりではなくて、大抵の経験もしてきたつもりだったのですが、春頃から少し、過渡期ではないか…というネガティブな思いと、家庭・家族の関係の見直しなど、ここ4年間、仕事優先の生活をしていた自分に、いろいろな見直しの時期を感じました。そして、バリ島に対する思いというものも、勿論、仕事と旅行では、感情が違ってきます。そして、一度、もうだめだ! 落ち込んでしまい、以来しばらくの間、バリ島の「バ」を考えるだけで、本当に嘔吐しそうな時期もありました。

本当に個人的な話で申し訳ないです。
そんな嘔吐しそうなバリ島へ行ってきて、だから何か答えが出せたのかというと、やっと険悪感や恐怖心が薄れたという程度かもしれませんが、店主にとっては、すがれる藁を掴んだくらい、ありがたい時間だったように感じます。

このブランクを取り戻すべく、今回のバリ島では、バリバリ働いたのかというと、申し訳なく、必要最低限です。
出来るだけ、バリ島を楽しむ時間を作りました。
もう少しの間、このようなダラダラとした時間が続くと思います。
お客様には大変申し訳ないのですが、ご注文やご希望などに関しては、都度、通常通り仕事を致しておりますので、ご安心下さいませ。

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バリ島と悪霊

神々の棲む島 バリ島

誰でも聞いた事がある、バリ島のキャッチフレーズみたいなものかもしれません。
バリ島を歩けば、あっちにもこっちにも、お供え物が置いてあり、道路に面している大きな樹や祠のような所へ、朝夕供え物を捧げているバリ人を見たことがある人も少なくないと思います。

ガルーダ、ウィシュヌ、シヴァ(シワ)、サラスワティ、デヴィ・スリー(チリ)、バロン…
バリには、色んな神様がいます。

けれども、バリで忘れてならないのは、悪霊の存在です。
日本の神様に対する風習と、バリ島のそれはとても似ている部分があるのですが、唯一違う所は、バリ島では、悪霊にも供え物を捧げるという点です。
それは日々、僅かな供え物を悪霊に与え、悪霊たちの悪意をそらし、クリウォンとカジェンクリウォンの日に、ちょとした丁寧な供え物を悪霊へ与えるのです。
悪霊は、動物に入り込み、ある時は犬や鳥、家畜になって、供え物をむさぼります。
バリ島の正月であるニュピの前日、ニュピにバリ島を浄化する為に、悪霊の集まりやすい十字路などに供え物や生贄を捧げ、バリ島中の悪霊を集めて一斉に浄化してしまうのです。仕上げにオゴオゴという、大きな山笠のような人形が、オリャ!ドケドケ!!と町中を練り歩き、悪霊を追い払い、翌日のニュピを迎えるのです。

バリ島では、浄化(日本だとお払いみたいなものかな?)の儀式の際には、ムチャル(生贄)を用意する事がよくあります。民間人が宇宙旅行をしている現代に、生贄の儀式が行われているという事は、精神的にもショックに感じてしまいますが、生贄の血を大地に注ぐ事で浄化されると信じられています。
タジェン(闘鶏)も、それを行う事で、敗北した鶏の血が大地に流され清められるとされています。
(それとは別に、単に賭博が好きでやってる人たちも沢山いるわけですが)

※けれども、怪我をしている人や生理中の女性の血は、不浄とされていますので、その辺の兼ね合いはどうなっているのかは、後藤はまだよくわかっていません。

バリ島の土地に、神がかった何かを感じてしまうような時もよくあります。何だか心霊現象的な事がいつ起こってもおかしくないような雰囲気を感じてしまう事もあります。
その辺は何とも説明し難いのですが、それはバリの人々の神々に対する信仰だけが生み出した雰囲気ではなくて、悪霊への鎮霊や、今でも続けられているムチャル(生贄)があるからではないかと、後藤は思っています。最後の2つのエッセンスがバリ島に無かったとしたら、随分雰囲気の違う土地に感じると思うからです。

けれども、ムチャルは外国人として、あまり見たくない光景ですね…
そんな事を言っていたら、魚の活造りとか、踊り食いとかも残酷ですけど。

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